はじめに
先日、Claude Codeを使って、AIにクイズを自動作問させてみました。やり方としては、これまでに自分が作った問題を数百問学習させてパターンを認識させ、生成された問題にフィードバックを返しながら精度を上げていく、というものです。プロンプトはまだ雑な状態ですが、現時点で作らせた問題は約250問になりました。
AIに大量に作らせてみた率直な感想は、「思ったより作れるが、何か面白くない」でした。
今回はその理由と、AI時代の作問について考えたことを書いてみます。
AIは意外とクイズを作れる
AIはかなりクイズを作れます。競技クイズで見かけるような問題文の「型」はきちんと再現できますし、大量に作るという意味では人間はAIに敵わないです。実際、250問の中には「これはそのまま出してもそこまで違和感がないな」と思える問題がいくつもありました。
たとえばこんな問題です。
鳥類の中では珍しく空中で静止するホバリングや後ろ向きの飛行ができることで知られる、花の蜜を主食とする世界最小級の鳥は何でしょう?(答え:ハチドリ)
まだまだ粗さはありますが、数年前のAIを知っている人なら、この進歩には驚くはずです。
少なくとも「AIにクイズなんて作れない」と言える時代はもう終わりました。
でも正直、あまり面白くなかった
ところが、250問を眺めていて強く感じたのは「何だかつまらない」ということでした。
これはクイズを作る側としても、解く側としても、です。
今回のプロンプトや作問条件に改善の余地が大きいのは確かですし、世の中にはもっと優れたAI作問ツールも出てきています。それを踏まえても、現時点のAI作問には共通する弱点があるように思います。
第一に、平均的な情報に寄りやすいこと。
AIはネット上にある大量の情報を学習しているため、生成される問題文も「みんなが書いていること」の平均に収束しやすいです。極端に言えば、Wikipediaを上手に要約した問題になりやすいのです。さらにAIの作ったクイズがネットに大量に流れ、それをまたAIが学習して…というのが繰り返されると、長い目で見るとより均質的なクイズに収束してしまうことも懸念されます。
第二に、熱量がないこと。
AIは事実を正しく並べることはできますが、「なぜこの題材を出したいのか」という気持ちは持っていません。問題文の向こう側に作問者の顔が見えない。それこそが物足りなさの正体だと思います。
第三に、一次体験が存在しないこと。
私自身、街を歩いていて気付いたこと、本を読んで感動したこと、誰かとの会話で印象に残ったことなど、自分の体験を題材に問題を作ることが多いです。こういう問題はAIには作れません。AIは情報を再構成することはできても、体験することはできないからです。
AI時代に求められる作問者の価値
とはいえ、AIがクイズを圧倒的なスピードで作問できることは間違いないです。では、そんな時代に人間の作問者に求められることは何があるのか、私なりに考えてみました。
一つは、「熱量」を問題に乗せることです。私は、クイズの出題は情報伝達だけではなく、問題文を通じたコミュニケーションの役割があると思います。自分が面白い、感動した、驚いたという気持ちを問題文に込め、「この問題を作った理由」や「問題のこだわり」などを何分でも語れるような問題文こそ、解答者に「良い問題」と思ってもらって心に残るのではないかと考えています。
作問から少しだけずれますが、企画力も人間に求められる重要な要素です。クイズの面白さは問題文だけではなく、ルール設計やゲームデザインにも宿ります。参加者の性質を見極めた上で、どんな形式なら盛り上がるか、どんな制約を付けたら面白くなるか、その企画にどんな問題を出せば盛り上がるのか。この発想は、今のところまだ人間の方が得意な領域だと思われます。
クイズは芸術だ
岡本太郎の名言「芸術は爆発だ」みたいなタイトルになりましたが、クイズの問題文は、ただの説明文ではなく、作問者の価値観や感性が現れる一種の「芸術」だと思います。
小説や絵画、音楽など芸術分野にもAIはかなり進出していますが、それでも100%の代替はできません。それは、細部にその人の価値観や感性が表れ、「この人の作品が良い」と思ってくれる人が一定数いるからです。また、仮にAIに作らせるとしても、どのような小説・絵画・音楽にするかを決めるのは人間で、最高のものに仕上げるには細かい指示が欠かせません。
単に答えを当てさせるだけの問題ならAIにも作れます。しかし、1つの答えに対して問題文に盛り込める情報が無数にある中、何を選び、どの順番で並べ、どんな言葉で表現するのか。そこに作問者の個性が現れることこそが、クイズが「芸術」たる所以なのです。
AI作問は本当に効率的なのか
AIの最大の強みは大量生産です。問題文を数百問、数千問と作るスピードは人間の比ではありません。問題文を書く時間が減るのは間違いなく、精度がさらに上がれば作成時間は大幅に短縮されるでしょう。
しかし実際に運用してみると、別のコストが見えてきます。裏取りの時間が、むしろ増えるのです。
自分で作った問題なら、作問の調査過程で知識が頭に入っています。ところがAIが作った問題は、まず題材を調べるところから始めて、事実は正しいか、出典は妥当か、表現に問題はないかを一つひとつ確認しなければなりません。この裏取り作業がAIの作問スピードに比べて圧倒的にボトルネックになります。
精神的な負荷も無視できません。自分が作っていない問題を延々とチェックする作業は意外としんどく、どうしても集中力が落ちます。
そして「まあ大丈夫だろう」という油断が生まれた瞬間に、ミスが紛れ込みます。もちろん人間の作問にもミスはありますが、「人間が作った問題にミスがあった時」と「AIに問題を作らせてそのミスを見過ごした時」では、後者の方が解答者からの不信感は募りやすいと思います。この不信感は、AIの台頭からまだ間もない今だからこそのものかもしれませんが、少なくともAI作問では裏取りコストが想像以上に重いことは認識しておくべきだと思います。
それでもAIは最高の相棒になる
ここまでAIに否定的な立場を取っているように見えたかと思いますが、私自身はAIは素晴らしい技術で、間違いなく世界を変えていると思っています。さらにクイズ作問の面でも、AIは使い方次第で、非常に強力な武器になるとすら思っています。
特に相性が良いのは情報収集です。AIがないときは、何か答えにしたい単語があったときに、それをネットなどで調べて、問題文に入れたい情報を色々なサイトを見ながら探していましたが、AIに調べさせれば短時間で大量の情報が集まります。その中から「これは面白い」と思えるものを見つけ、さらに深掘りしていく。この作業は、人間だけでやるより圧倒的に効率的です。
AIが情報を集め、人間が面白さを見つける。 この役割分担は、作問という営みにとてもよく馴染むと感じています。
おわりに
AIはクイズを作れます。しかし「面白いクイズを作れるか」という問いには、現時点ではまだ疑問が残ります。
だからこそ、人間の作問者には価値があると思います。熱量、一次体験、企画力、そして表現力。AIが普及すればするほど、そうした人間らしい部分の価値はむしろ高まっていくのではないでしょうか。少なくとも私は、AIにクイズを作らせてみて改めてそう感じました。
とはいえAIの進化は凄まじいので、数年後に「この記事に書かれていることは古い」と思われないことを、作問という行為自体が好きな私は祈るばかりです。






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